とうちゃんの話

とうちゃんからDMが届いた。
個展をするらしい。絶対見に行こう。

とうちゃんと言うのは、私の父親の事ではなく、
高校の美術の先生の事だ。

私たち生徒は皆親しみを込めて松島先生の事をとうちゃんと呼ぶ。

 

大半の生徒が、このクリストファー・ロイドに似た、白髪の、眼光鋭い、

そして絵が驚異的に上手い先生に一目惚れして入ってきた。
勿論、私も含めて。

私が通っていた高校は、その年に初めて芸術コースを開設した。

半ば実験のようなものだ。前例がないから。

美術34名、書道6名。

福岡のいろんなエリアの生徒が40名集まった。

生徒は皆個性豊かだった。

私は、今よりもっと反抗的で世を拗ねている感じだった。
くそ生意気で完全に大人を舐めきっていたので、

担任の先生に教室で首を絞められた事もある。

「何で松島先生の言う事しか聞かないんだ」と。

(あら、今だったら体罰問題だわ...でも、仮に私だったとしても絞めたくなったかもねえと思う。)

 

全然ヤンキーとかじゃないんだけど(昔も今も、いたって真面目)

「何を信じるかは、こちらで選ばせてもらいます」と言った感じで、

制服や(私立なみに組み合わせ次第で100通りになる制服だった)

髪型、ノートの取り方、その他いろいろ、オリジナルだった。

 

 

私と私の親友の黒猫は、本来図書委員二人もいらないのに、二人で図書委員をしていた。

黒猫はフロイトとか読んで、私は父親の書斎からくすねたニューズウィークの

ブックレビューに載ってた本が高校の図書館にないからって舌打ちして、

わざわざ他校から取り寄せたりしていた。

(内容はてんで覚えてないけど。確か作家名はローリー・ムーア。)

二人でアゴタ・クリストフにはまっていた。

 

図書館だよりという定期的な配布物があり、

それには各クラスの貸し出し冊数が下の方に記入されていた。

 

1組から8組まで、0冊だか1冊だかそんな数字の中、9組だけが120冊とか、三桁。

勿論この9組というのが私達芸術コースだ。

しかしまあ全員が活字中毒というわけではなく、

主に私と私の友達数人でこの驚異的な数字を毎月作っていたのだ。

 

1組から8組までの生徒は、もしかして図書館の場所さえ知らなかったんじゃないかな。

別館の二階。我々の別荘。

ちなみにその下の階で私達は100号の大きなキャンバスに油絵を描いていた。

 

私達は日々淡々と絵を描き、本を読み、食事し、

ヘッドフォンで音楽を聞いて、時に先生を煙に巻いたり、

授業をさぼって天丼食べに行ったり、六時間目だけ顔出したりしてた。

(先生、めちゃくちゃ扱い辛かっただろうなあ。同情を禁じ得ない、、、。)

 

一風変わった生徒が集まる9組には

一目置いてる先生がちょこちょこいて、

授業の合間に何故か夢を語りだしたり、

友達にポストカードを出したいから何か絵を描いてくれないか、

とか頼んじゃうのだ。(ちなみに親切な私が描いてあげた)

 

「この画家が好きなのよ」と言って本人私物の画集やら

こっそり漫画やらを貸してくれる先生もいた。

 

そういう先生は好きだったが、なんというか仲間、、、同レベルの人間、という気がしていたので、

16歳の私達の厳しいカーストの上位に君臨するバラモンは松島先生ただ一人だった。

偉そうな先生などは、シュードラ(奴隷)以下くらいの扱いだった。

 

16歳の私からしたら、絵のうまさが全てだった。

技量一つで言う事を聞くか聞かないかを決めた。

揺るぎない。

 

 

私と黒猫は遠い場所からはるばる電車で通っていた。

ある日、電車の中でとうちゃんに出くわした。

学校の帰りだが、缶ビールを飲んでいた。

よく酒飲んでんだよね、先生なのに。

 

別の日は美術室で油絵のペインティングナイフで、焼き芋を切っていた。

冬の寒い日で、ストーブの上で焼いていた焼き芋。

先生はいつも無表情(というか怒ったような顔)なのです。

 

 

ある日、学校に雪が積もった。

「今日の授業は、校庭で雪の彫刻。」

とうちゃんは、当日それを決めたのだろう。

たしかあの時、でっかい林檎を作ったんだっけなあ。

あんな授業、他の学校に行っていたら経験できなかっただろう。

 

 

とうちゃんは、ずっとずっと教えて欲しかったのに、

二年生の時に校長と喧嘩して辞めてしまった。

せめて私達一期生が卒業するまでは居て欲しかったな。

 

卒業してからも、私達は夏になると先生が出没する小倉の喫茶店に行く。

とうちゃんはそこで水彩画の個展をしている。毎年。

 

喫茶店なのに、ウイスキー飲んでる。

 

 

 

そんで多分今日もすごくうまい絵を描いている。

 

http://c-ark.org/CA_gallery/Creators_Ark___CA_Gallery.html
http://c-ark.org/CA_gallery/Creators_Ark___CA_Gallery.html

↑これ写真じゃなく油絵です。

 

http://c-ark.org/CA_gallery/Creators_Ark___CA_Gallery.html