盗難

人って信じられないな、という話。

数日前、知人のお願いで、ほとんど何も知らないアイドルのイベントに出かけ、
ファンでもないのに、代理でサインも受け取って来た。
まあそうそう見られるものでもないだろうから、
それ自体はいい経験だったと思う。

すぐ失くすから、失くさないうちにサインはもう郵送しようと思って、
丈夫な封筒にその色紙を入れて自宅プリンターの上に準備。

どこか出かける時に、ついでに郵便局かコンビニで
出してしまおうと頭の中にメモしておいた。

数日前用事があったので、丁度良いからそれをついでに出そうと思い、
封筒に住所などを書いて準備し、家を出る。
道中、所用で別な人物に電話をかけながら、
最寄り駅まで歩く。

すぐに話に夢中になるのが私の欠点なのだが、
駅までの道のりでやっぱり話に夢中になりながら、
改札まで着く。

そのまま話しながら改札抜けようと思ったが、
pasmoのチャージが足りなくて、ピンポーン、と自動改札のドアが閉まってしまう。
それでもなお話しながら、
器用に電話を持たない方の手で鞄をさぐり、
財布を取り出し、チャージし、改札を抜けてホームに入る。

そのまま30分程電車に乗って用事の場所に向かう。

しかし、目的地についたところで、
はた、とサインが入った封筒を持っていない事に気付く。

わーやってしまった…どうして電話で話しながら駅まで歩いてしまったんだろう、と後悔。
そんな事したら何かを忘れる性格だということは百も承知なのに…!

多分、駅の券売機のところだな、
片手でチャージしたあの時だろうな、と見当をつける。

まあ駅に電話すればすぐに出て来るだろう。
まだ一時間も経ってないし。

とタカをくくっていたが、いざ駅に電話すると
そんな物は見当たらないと言う。

いやいや、そんなはずはない!
ということは、チャージの後も一応持っていたのだろうな。
そういや改札の中に情報紙が詰め込まれたマガジンラックがあったな、
電話しながらそのラックの前で財布を鞄に入れた気がする。
多分そこだな、と再び電話する。

「ないですけどねえ…」と相手も困惑気味だ。

むむむ、本格的にやばいな、とじわじわ焦り始める。
ばっちりサインを送る約束をしてしまった。
相当に感謝もされ、「失くさないように気をつけてね」
とわざわざ言われているのに、失くしてしまったなんて、
何て言い訳したらいいんだろう…。あわわわ。

うーんうーん。。。。

数分後、ひらめく。

サインを、上手に捏造してしまおう!!
もらった時写真を撮ったからどんなのか残っているし、
本人は本物を見ていないのだから、気付かないだろう。

ふう、私も悪知恵が働くようになったものだな…
しかしこの手しかあるまい、と思って、
用事を済ませ、駅に戻る。

でも実際のところ、この段階ではサイン捏造作戦は、
脳裏でうっすら考えながらも、
「いやいや、あんなもん誰も持って行かないだろうから、
駅員の探し方が不十分なだけで、多分駅に戻って自ら探せば見つけられるはずだ」と思っていた。

ないんですよ、これが。

嘘だ〜!絶対あるはずだって、と駅員に食い下がるのだが、
そんなもん無いよの一点ばり。

ど、どうしたもんか。
思ったよりうちの近辺は治安が良くなかったのか。
サイン、本当に捏造するしかないのだろうか…。
うーん、これはいっその事、美術品修復家とか怪盗にでもなった気分で
無邪気に楽しんでやるしかないな。
文房具屋で色紙買って帰るか…と真剣に考え始める。

しかし電話で探してもらった時に、
なんとなくひっかかった言葉があった。

「封をしていたんですね?」

なんだかその辺りの記憶が曖昧だ。
封は、したようなしてないような…

もやもやしながら、家に帰ると、
ほんの少しだけ予想していた、悪い予感が的中。

封筒は、プリンターの上に置いてあった。

住所は書いていたが、
封は、していなかった。
何の非も無い白い封筒を見ると、
もう本当笑うしかないなあ、と思う。

今後とも一番信用ならないのは、
自分の記憶だな、と思う。
心から。

柳美里著

「まちあわせ」の表紙にイラストが使われました。

(発売:2016.11.8)

 

よろしくお願い致します!